こんにちは。
本日は犬で時々みられる副腎皮質機能亢進症という病気についてのお話です。
別名クッシング症候群とも言います。
副腎皮質機能亢進症という病名は長いので、略してクッシングと言ったりします。
猫では稀なのと、犬とは少し異なるところもあるので、今回はタイトルにも“犬”と付けたように、犬に限定して話していきます。
副腎皮質機能亢進症…名前が長いので以下クッシングと言わせてもらいます。
副腎って何?
そもそも副腎とはどんな器官なのでしょう。
クッシングの話を飼い主さんにする時に、副腎という器官にあまりピンと来ない方がいます。
「副腎?(・_・?)」
腎臓の仲間的な?何してる器官?
2つあるの?
確かにふだん生活していて心臓、肺、胃、肝臓、腎臓、腸、膵臓、膀胱などのワードは聞きますし、何となく想像できると思いますが、なかなか副腎というワードは聞かないかもしれません。
体のどこにあってどんな大きさ形をしているかご存じでしょうか?
副腎は体に2つあり、左右の腎臓の前方(頭側)に1つずつ存在しています。
犬の副腎は左が落花生(ピーナッツ)のような形、右がコンマのような形をしています。
正常な大きさ(短径)は3~7mmです。とても小さいですね。小型犬の方が小さく、大型犬の方が少し大きめです。
皮質と髄質からなり、皮質はさらに外側から球状帯、束状帯、網状帯の3層に区分されています。
副腎皮質からはステロイドホルモンが分泌されるのですが、3つの層はそれぞれ分泌しているステロイドホルモンの種類が異なります。
球状帯→ミネラルコルチコイド(鉱質コルチコイド) ex.アルドステロン
束状帯→グルココルチコイド(糖質コルチコイド) ex.コルチゾール
網状帯→性ステロイドホルモン
ミネラルコルチコイドはナトリウムやカリウムなどの電解質の調整や血圧、血液量の調整に関係しています。
グルココルチコイドは血糖値の上昇、タンパク質の代謝、脂質の代謝、炎症反応の抑制、免疫反応の低下、血小板増加などなど他にも様々なことに関係しています。
性ステロイドホルモンは生殖器の発達や生殖機能に関係します。
何らかの原因でグルココルチコイドの分泌が過剰になり、それによって様々な症状が引き起こされる病気が副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)です。
副腎皮質でもアルドステロンや性ホルモンの過剰によるものはクッシング症候群とは言いません。
副腎皮質機能亢進症の原因は?
クッシングは以下の3つに大別されます。
・下垂体性
・副腎性
・医原性
下垂体性クッシング
脳の下垂体という部分が腫瘍化することによります。
少し脱線しますが、下垂体は前葉・中葉・後葉に分けられ、それぞれ分泌しているホルモンが異なりますね。何葉から何が分泌されているかはよくテストでは問われるポイントでした。
はい、話を戻していきます。
下垂体前葉というところから副腎皮質刺激ホルモンが分泌されています。
腫瘍化することで副腎皮質刺激ホルモンが多量に分泌されます。
そうすると刺激された副腎皮質は多量にコルチゾールを分泌します。
体はちゃんと調節する仕組みを持っており、正常であればコルチゾールが多量に分泌されると「多いからもう出さなくていいよ!」と下垂体に副腎皮質刺激ホルモンの分泌を抑制する命令が行きます。これをネガティブフィードバックといいます。
しかし、下垂体は腫瘍化していることによりネガティブフィードバックを無視してどんどん副腎皮質刺激ホルモンを分泌してしまいます。
刺激された副腎は左右両方が腫大し、コルチゾールの分泌が増加します。
下垂体の腫瘍は時に下垂体窩を逸脱するほど大きくなり、大きくなると脳を圧迫してしまうため神経症状が発現する可能性が高くなります。例えば痙攣、旋回、斜頸、失明、運動失調など。
犬のクッシングの8~9割程度が下垂体性です。
副腎性クッシング
副腎が腫瘍化することでコルチゾールが過剰に分泌されます。
腫瘍は主に腺腫か腺癌であり、腺癌は周辺の臓器に浸潤したり、肺や肝臓に転移したりします。
多量に分泌されたコルチゾールにより、フィードバックで副腎皮質刺激ホルモンは減少しますが、腫瘍化した副腎は刺激ホルモンとは関係なくコルチゾールを多量に分泌し続けます。
ですので、片側の副腎は腫瘍により大きく、その反対側の副腎は逆に萎縮します。
犬のクッシングの1〜2割が副腎性です。
医原性クッシング
何かしらの疾患でプレドニゾロンなどのグルココルチコイド(ステロイドと言ったほうがピンと来るでしょうか)を長期投与していたり、過剰に投与している子で発症することがあります。
例えば皮膚の痒みでステロイドを長期に渡って投与している子や免疫系の疾患で多量に投与している子などです。
体の外から人為的にグルココルチコイドが入ってくることで、副腎皮質は「自分がグルココルチコイドを分泌しなくても十分あるから大丈夫そうだぞ」となり、分泌するのを休んでしまいます。
体の臓器は使用しないでいると退化していきます。
ですので医原性クッシングでは両側の副腎が萎縮しています。
ここで注意しなければならないのは、長期でステロイドを投与している子が急に休薬すると、元通りに副腎が働かなければならなくなりますが、萎縮してしまっている副腎は能力が衰えているので急に十分量のグルココルチコイドを分泌できません。
それにより逆に副腎皮質機能低下症になることがあります。
副腎が萎縮している可能性がある時にステロイドを休薬する時は徐々に減薬していくことがポイントです。

どんな子で発症が多い?
クッシングは中高齢犬に多い病気です。
性差はオスよりメスのほうがやや多いと言われています。
様々な犬種で発生し、下垂体性は小型犬に、副腎性は大型犬に割と多く発生します。
どんな症状がみられる?
前述したように、グルココルチコイドの体内での影響は多岐に渡ります。
ですので、症状も幅広いです。
・多飲多尿
・左右対称性の脱毛
・皮膚の菲薄化
・多食(初期)
・腹部膨満
・肝腫大
・皮膚の石灰沈着
・過剰な色素沈着
・筋肉の萎縮
・活動性の低下
・神経症状
・パンティング
・呼吸困難(肺血栓塞栓症)
最もよく見られる症状の一つは多飲多尿であり、飼い主さんが何かおかしいと気づくきっかけになったりもします。
左右対称性の脱毛も見てわかるので「最近毛が薄くなってきた」と変化に気づきやすい症状だと思います。
本症での脱毛は基本的に痒みを伴わず、本人が掻いたりしていないのに毛が薄くなっていきます。皮膚の赤みも伴いません。
しかし、皮膚の感染症を伴っている場合があり、その場合は痒みや皮膚の赤みを伴います。皮膚疾患がなかなか良化しないことがクッシングの診断のきっかけになることもあります。
腹部膨満は肝臓が大きくなる、内臓の脂肪が増える、お腹の筋肉が萎縮することで起こります。
パンティングは呼吸筋の萎縮や、肝臓の腫大により横隔膜が押されて胸腔が圧迫されること、気管・気管支の石灰化により引き起こされます。

どんな検査をして診断するの?
臨床症状、血液検査、レントゲン検査、超音波検査、ACTH刺激試験など複数の検査を組み合わせて診断していきます。
血液検査
血球検査では、グルココルチコイドによる白血球のストレスパターン、つまりリンパ球・好酸球減少、好中球・単球増加が見られます。そのほか、血小板が増加します。
血液生化学検査では、特にALPの上昇が高頻度でみられます。
それも数値がとても高いことが多いです。
検査機関によって多少差がありますがALPというと正常値がおおまかに200U/L以下くらいです。
クッシングの子のALPは1000U/Lを超えることも一般的で、2000や3000U/Lというレベルで劇的に上昇しています。
ALPほどではありませんがALTも上昇していることがよくあります。
ほかにもコレステロール(Chol)、中性脂肪(TG)、血糖値(Glu)も上昇していることがあります。

尿検査
他の疾患と鑑別するために尿検査も大事な検査です。
尿比重は低比重を示す傾向があり、尿中に蛋白が出ていることが多いです。
ただし尿を濃縮する能力は持っているため、飲水を制限するとちゃんと濃縮された尿になります。
感染を起こしやすく、尿中に細菌が見られる(細菌感染)こともあります。
レントゲン検査
レントゲン検査では以下のような所見が見られることがあります。
・肝臓の腫大
・気管、気管支、副腎、大動脈などの石灰化(石灰化するとレントゲンでは白くなります)
・拡張した膀胱
・膀胱結石
・心陰影の拡大
・内臓脂肪が増加することによりコントラストが上がり腹腔内臓器が分離してよく見える
・副腎性クッシングの場合は腫瘍化した副腎が見えることもあります
腫瘍が肺に転移したり、肺血栓塞栓症が起こることもあるため、肺や心臓の様子もチェックします。
超音波検査
副腎自体は腫瘍化したり石灰化しない限りレントゲンでは見えないため、超音波検査で副腎の確認が取れるとベターです。
副腎が両側性に腫大しているか、片側が大きくないか(腫瘍化していないか)など、大きさを計測します。
正常な副腎の短径は小型犬では4㎜、中型犬では4~6㎜、大型犬で5~7㎜程度です。
小型犬で6㎜、中型犬で7.5㎜、大型犬で10㎜を超えていたら腫大と判断します。

CT、MRI検査
CTやMRIを撮ることもあります。
副腎だけでなく、下垂体の確認ができます。
下垂体性クッシングでは治療を始める前に下垂体の確認ができるとより良いと思います。
ただし全身麻酔をかける必要があるため、多少リスクがあります。
内分泌学的検査
ACTH刺激試験や低用量デキサメタゾン抑制試験などがあります。
聞き慣れない検査名が出てきましたよね。
副腎の疾患に特有の検査です。
ACTH刺激試験のACTHというのは副腎皮質刺激ホルモンのことです。
合成のACTH製剤を過剰に投与することにより副腎から分泌されるコルチゾールの最大分泌能を調べる試験です。
採血→ACTH製剤の投与(筋肉内or静脈内に注射します)→1時間後に採血という流れで行う検査で、1時間ちょっとで終わります。
試験前は絶食・安静とし、お水は飲んでもOKです。
投与前と投与後の血中コルチゾールの値を比較し、クッシングの場合は投与後に過反応が見られる傾向があります。
クッシングに対する特異度は高い検査なのですが、感度は下垂体性で80%程度、副腎性で60%前後と言われており、微妙な結果が出て確定できないことがあります。
医原性クッシングの診断にも用いることができ、両側副腎が萎縮する医原性クッシングでは投与後のコルチゾールは低値となります。
低用量デキサメタゾン抑制試験では、人為的にグルココルチコイド(デキサメタゾン)を投与することで、正常であれば下垂体へのネガティブフィードバックが働き、下垂体の副腎皮質刺激ホルモンの分泌が抑制されることを利用してクッシングかどうか調べます。
下垂体性クッシングの場合は全く抑制されない訳ではないのですが、デキサメタゾンによる副腎皮質刺激ホルモン抑制効果は短期間であり、一度コルチゾール濃度は下がってもまた正常以上に上昇してきます。結果抑制が見られないということです。
副腎性クッシングの場合は下垂体からのACTH分泌はすでに抑制されている状態のため、デキサメタゾンを投与したところで作用しないため、コルチゾールの濃度が下がることはありません。つまり抑制されないという結果が出ます。
デキサメタゾンを投与して8時間後に採血をする必要がある検査ですので、最低でも8時間はかかります。朝のうちに動物病院に犬を預け、夕方~夜にお迎えに行くという流れが一般的なのかなと思います。
クッシングに対する感度は90%程度と高いですが、ストレスに影響されやすく、試験中に興奮したりすると正常な子でもコルチゾールの分泌が抑制されないという結果が出てしまいます。ですので怖がりな子や常に吠えてしまうような子にはこの試験は難しいかもしれません。
医原性クッシングの診断に用いることもできません。
高用量デキサメタゾン抑制試験という試験もありますが、私は経験がありません。
低用量の10倍のデキサメタゾンを投与することで、低用量試験では抑制できない子でも抑制が見られるというものです。
他にも検査はあるのですが、これ以上は省略させてもらいます。
以上のように様々な検査があり、複数の検査を組み合わせてクッシングの診断を行います。
どうやって治療する? 予後は?
下垂体性クッシングの場合
下垂体性クッシングの治療は内科治療、外科治療、放射線治療がありますが、最も一般的なのは内科治療です。
トリロスタンという成分のお薬を用いることが多く、このお薬はステロイドホルモン合成経路において重要な役割を果たしている3β‐ヒドロキシステロイド脱水素酵素を可逆的に阻害することで、ステロイドホルモンの合成を抑制します。
可逆的な阻害ですので、お薬の投与は生涯必要となります。
また、あくまでステロイドホルモンを抑える治療法であり、下垂体の腫瘍そのものに対する治療ではないということを覚えておく必要があります。
定期的にACTH刺激試験を行い、臨床症状と合わせて治療効果を評価します。
下垂体の腫瘍が例えば1cmを超えるような大きさの場合は放射線治療や外科治療を考慮する必要がありますが、外科治療は手技の難しさや合併症のリスクなど様々な問題が生じるため、放射線治療が選択されることの方が多いように思います。
下垂体性クッシングと診断された場合はMRI・CT検査で下垂体の大きさがチェックできると理想です。
腫瘍サイズは予後を左右し、巨大腺腫の場合は予後が悪いです。
内科治療を開始して下垂体腫瘍が急激に大きくなってしまうこともあります。
割合的には巨大腺腫よりも微小腺腫の方が多く、下垂体性クッシングではクッシングそのもので亡くなるというよりも、合併症など他の要因で亡くなってしまうことが多いです。
副腎性クッシングの場合
第一選択は副腎の外科的摘出となります。
ただし、腫瘍がすでに周辺に浸潤している場合は外科治療を選択しないで内科治療を行うこともあります。
予後は腫瘍の大きさ、転移の有無、手術ができるかどうかで変わってきます。
コルチゾールにより、血管が脆くなっていたり、傷も治りにくいため、手術はリスクを伴います。
転移もなく手術が成功すれば、比較的長く生きられる可能性があります。

副腎皮質機能亢進症でよく見られる合併症
クッシングでは様々な症状が出るだけではなく、そこからさらに二次的な病気を引き起こすことがあります。
以下に例を挙げておきます。
・インスリン抵抗性糖尿病
・尿石症
・泌尿器の感染症
・膀胱炎
・皮膚の感染症
・胆嚢粘液嚢腫
・血栓症
・高血圧
・うっ血性心不全
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